大人になると、二つの動機、成熟しているものと子供っぽいもの、をうまく調整して、「反逆的な感情」と「適切な感情」の使い分けを判断するようになります。

ただ、行き詰った時には、「全て十分である」という信頼感ではなく、「何かが欠落している」という恐怖心が動機となってしまいます。「愛」とは、決して穴(欠落しているという空虚感)を埋めることではなく、「全て」(スピリチュアル的に人生は「分離したものではなく「ひとつ」であること」)を招き受け入れることで深まります。私たちの傾向として、与えられたものよりも、欠けているもの、現在よりも過去、恩恵よりも受けた傷のほうに意識をとられがちです。愛が、いつの間にか、自分に欠けていると信じているもの、例えば自分をたくさん愛してくれる父親や母親など – を探すことになっているのです(結局それは無駄に終わるのですが)。心が「空虚感」を感じると、自分の願望を満たすことを外に(心の中からではなく)探すようになります。 そして、恋人、妻や夫、子供、仕事、原因、物事、ドラッグなどに自分の空虚感を埋めてもらおうとすればするほど、それらが、愛情の間違った対象(あなた自身しか、自分を満たすことはできないからです)となり、結果として、あなたは必ず失望し、さらには憎悪の対象となってしまうのです。 (The Passionate Life by Sam Keen, P. 49)

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